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中国語検定3級に合格しました

当社はフィリピン共和国に独資の工場があります。よって外国語として直接に役立つのは英語です。しかし次のような理由で私は、当社の仕事には役立たないであろう言語であります中国語を、毎日少しずつ勉強しています。


中国にはこれまでの仕事(前職、前々職)の関係で、私は何度も出張した事があります。主な都市は、上海市、その隣の常熟市、それと南の深圳市です。確かに中国に行き出した頃は、中国語を学びたいという気持ちがありました。当時、NHKラジオ第2で中国語講座を放送しておりました。夜11時過ぎの放送で、眠いのを我慢して起きていながら、放送が始まったらウトウトしてしまい、いつの間にか番組終了のテーマソングが流れていたことが多かったことを覚えています。そして中国の工場で聞く中国語ですが、NHKの発音と違っていました。最初の頃の出張先は上海市で、現地の人たちは上海語で会話をしていたのでした。いつの間にか、中国語を勉強しようという意欲は全くなくなり、通訳頼みの出張となって行きました。

転職して前職、最後の中国出張は、久しぶりに深圳市でした。新しく日本で雇った赴任者と、現地の工場で一緒になりました。その赴任者は別の会社で、上海にて新しく工場を立ち上げ、工場が軌道に乗ったところで解雇されたとの説明でした。上海語の環境の中にいたのだから、どのような中国語を学んだのか、興味がありました。彼の話す中国語は標準語(普通語)でした。上海で働きながら、普通語をどのように学んだのか興味がありましたが、その辺は聞けませんでした。ただ、上海語を話す地域にいたからという理由で中国語を学ぶことをあきらめていた私にとっては、頭をぶんなぐられたようなショックでした。

深圳は広東語の地域で、ここも日常では普通語を話している訳ではありません。工場内では普通語を話してくれるようですが、自分たちの都合の悪い話になると広東語に切り替わると言っていました。その中でたくましく生きて行く日本人に出会えたことが、感動でありました。

彼に誘われ、初めて中国の乗合バスに乗って買い物に連れて行ってもらったこともあります。いつも会社の車かタクシーしか使っていなかった私にとって、彼の現地で生きている姿がまぶしいほど印象的でした。しかし深圳の工場の業績が芳しくなく、彼は去って行きました。


日本に戻った私は、上海で中国語を学んだ彼のようになりたいという気持ちが芽生えていました。NHK講座も進化しており、ストリーミングのサービスが始まっていました。自分の好きな時間に、いつでも講座が聞ける仕組みです。パソコンでもスマートフォンでも、どちらにも対応しています。私の学習時間は専ら朝、起きたらすぐの時間帯です。中国語は受講者が多いのでしょうか、入門編が「まいにち中国語」、応用編が「レベルアップ中国語」で、それぞれ1週間で5レッスンあります。

当社に入社してからも継続して、「まいにち中国語」という入門編は、新作を必ず聞いています。初心者用のコースを学び直すことで、気付いていなかったことや講師の教え方や苦労を感じることができるからです。これに対し、「レベルアップ中国語」という応用編は、新作と再放送の両方を聞くように努めています。再放送というのは新作ではなく、3ヶ月くらいのスパンで過去の番組をもう一度流してくれる番組です。語学初心者にとって、過去に学んだレッスンを再度学び直せるというのは、非常にラッキーな事です。新作の時には聞き取れなかったり意味が分からなかったりしていたことが、再放送になると若干わかるようになっています。再放送で学ぶ楽しみの1つです。忘れるのが速いと思いながらも、日が経てば覚えた単語も多少は増えます。やはり、語彙が乏しいとなかなか中身に入って行くことができません。


中国出張のない今、中国語の学習に対する意欲の原動力は、古墳時代や飛鳥時代でありましょうか?日本という国が中国から漢字という書き言葉を学んでいたであろう時代に想いを馳せることです。話し言葉しかなかった当時の日本語に、漢字を当てはめて行くという作業を誰が行ったのでしょうか?「この日本語にはこの漢字を当てる」と、誰がどのように決めたのでしょうか?中国語の漢字の意味や発音が分からないと、この作業が進みません。朝鮮半島あるいは中国大陸から渡って来た帰化人が先生であったでしょう。しかし日本は遣隋使や遣唐使という留学生も中国に送り込んでいます。中国の文化を吸収しようとする情熱の高まりを感じます。また聖徳太子やその他の役人が、漢字を使って外交政策を展開します。凄くダイナミックな時代があったであろうと想像すると、心がワクワクします。中国語を学んでいた当時の人に、一歩でも近づきたいという気持ちが生まれます。

ところで当地諏訪にあります諏訪大社では、タテミナカタノミコト(建御名方神)を祀っております。古事記のオオクニヌシノミコト(大国主命)の国譲りの章に登場する神様です。もし漢字という文化を日本が輸入しなかったら、このような書物が残っている保証はありません。口から口へと伝承されていたお話が、漢字の採用により古事記という書物となって後世に残るようになったわけです。やがてカタカナやひらがなの発明に繋がって行くのですが、何世紀もの間、後世に漢字を伝え続けて来た日本の教育制度にも畏敬の念を禁じざるを得ません。日本の文化の偉大さを感じます。

そんな中国の文化や日本の文化を改めて考え直す場として、中国語の勉強を使わせていただいている訳です。1日15分の勉強でどこまで辿り着くのかわかりませんが、日々少しずつ学ぶということが喜びでもあります。中国語検定は、自分の勉強の進み具合のチェックであります。語学にはいろいろな学び方があるだろうと思います。地方にいて海外に出ない者であってもできる1つの方法をご紹介させていただいたということで、本ブログを閉じさせていただきます。

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